okamurashinnのブログ

表象文化論、アニメーション、キャラクター文化、現代美術に興味があります。

アニメにおける涙-『響け! ユーフォニアム』をめぐって(前編)

 先日、アニメ『響け! ユーフォニアム』(以下、『響け!』)の1期と2期を通して見たので、ちょっとしたコラムを書こうと思う。

 

 まず最初に、簡単な作品説明をしたい。『響け!』は武田綾乃による小説『響け! ユーフォニアム』を京都アニメーションがアニメ化した作品。一期は2015年に1クール、二期は2016年に1クールで放送された。監督は京都アニメーションを初期から支えている石原立也。脚本は『ラブライブ!』、『宇宙よりも遠い場所』など青春グラフィティの緻密さに定評のある花田十輝。キャラクターデザインは『涼宮ハルヒの憂鬱』などを手がけてきた池田晶子

 主人公・黄前久美子(以下、久美子)が北宇治高校に入学し、高坂麗奈(以下、麗奈)をはじめとした部活の仲間と衝突しながら吹奏楽全国コンクールを目指す青春グラフィティ。アニメでは3年生の先輩が卒業するまでの1年間を描く。

 

 僕が『響け!』を見ていて気になったのは、久美子と麗奈が泣くタイミングだ。周りの先輩や同級生はよく泣くアニメだが、この2人が泣く回数は見た印象ほど多くはない。そこで、最初にこの2人が泣くシーンを調べてみた。以下が久美子と麗奈が涙を見せるシーンである。

 

久美子の涙

1期

  • 10話Aパート 夏紀先輩オーディション落選後のおごり
  • 11話Bパート 麗奈ソロオーディション合格
  • 12話Bパート 上手くなりたい! と叫びながら走る

2期

  • 1話後半 着物がキツく、母に太ったと言われ
  • 5話Cパート 関西大会結果発表
  • 10話Aパート お姉ちゃんが家を出る決断を話した次の日の電車
  • 10話Bパート あすかへの説教
  • 12話Bパート 全国大会後、お姉ちゃんとの別れ
  • 13話Aパート あすかとのことを思い出しながら練習
  • 13話Bパート あすかとの別れ

 

麗奈の涙

1期

  • 1話Aパート 中学の大会回想
  • 13話Bパート 京都大会結果発表

2期

  • 1話Aパート 京都予選終了後
  • 5話Cパート 関西予選結果発表
  • 11話Aパート 滝先生に奥さんがいたことを山頂で語る

 

このように、どこを取ってもストーリー展開上重要なシーンが並んでいる。これらのシーンをつなぎ、アニメにおける涙の効果と意味を考えていく。

 上記のシーンを一つずつ視聴すると、久美子の涙はいくつかの条件下で現れている。一つは久美子の過去のトラウマ。一つは久美子と麗奈の関係。一つは久美子とあすか・お姉ちゃんとの関係。各シーンからそれぞれの涙を分析する。

 

過去のトラウマ

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 1期10話で2年生の夏紀はオーディションに落ちてしまう。全国大会では久美子とあすかの2人がユーフォニアムを担当することになる。このシーンはオーディションに先輩を差し置いて受かった久美子に、夏紀が声をかけるという場面だ。夏紀は自分の実力不足を理解しており、久美子の方がコンクールで演奏するに相応しいと説明する。

 中学のときに先輩を差し置いて自分が選抜されたときに、その先輩から、お前がいなければコンクール出られたのに、と久美子は言われた。中学での経験がトラウマとして久美子の記憶に刻まれていることが示唆されている。滝先生がオーディションをやると言ったときから、久美子は先輩を差し置いてコンクールで演奏することに引け目を感じていたのだ。そして、高校でもそれが現実になってしまった。

 しかし、落選した夏紀が中学の先輩と違ったのは、自分の力不足を受け入れて後輩のせいにしない潔さを持ってたことだった。夏紀は久美子のトラウマの原因となった中学の先輩と正反対の態度を取ることで、意図せずに久美子をトラウマから救い出したのだ。その救いを受け止め、久美子は涙を流したと推測することができる。

 

 麗奈との関係

 一期11話のソロパート選抜オーディション、12話の「上手くなりたい!」と叫びながら走る、二期5話の関西大会結果発表。この三つの涙を語るには、久美子と麗奈の関係を振り返らなければならない。

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 二人の関係を整理しよう。二人は同じ中学で吹奏楽部員としてコンクールに出ていた。京都大会でダメ金(関西大会にはいけない金賞)を取った彼女たちの中学だったが、彼女たちの反応は正反対だった。久美子は金賞を取ったことに対して満足していたが、麗奈は関西大会に行けないことに対してとても悔しがっていたのだ。久美子は中学の人間関係をリセットするために、みんなとは違う北宇治高校を選んだわけだが、なぜかそこにはその麗奈がいた。麗奈に中学最後のコンクールのときに「本当に全国行けると思ってた?」と言ってしまったことを謝るべく、麗奈と接近する久美子。久美子と麗奈はともに同じ吹奏楽部に入り、再開を果たすのだが、、、

 ひょんとした理由から一期8話であがた祭に一緒に行くことになった二人は急接近する。中学最後のコンクールのときのように、たまに本音をぽろっとこぼしてしまう久美子に対して、麗奈は「性格悪い」と興味津々だったのだ。久美子は麗奈の目標に対する向上心や「特別になりたい」と言う姿に憧れ、そして麗奈は久美子のどこか捉えどころがなく、痛いところを突いてくる本音がぽろっと溢れてくる直球さに興味を抱いた。2人はお互い全く違う感性を持っていることに気づき、惹かれあったのかもしれない。

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 その中で、麗奈は「特別」になるために先輩を押しのけてトランペットのソロパート奏者に抜擢される。麗奈は最大のライバルであった3年生の香織や、どうしてもソロを香織に演奏してほしい2年生の優子とのいざこざに巻き込まれる。麗奈は香織の人の良さに戸惑い、本当にそのままソロを演奏してもいいのか葛藤していたことは、11話のソロオーディション前の久美子との会話からも分かるだろう。

 久美子は麗奈の数少ない理解者として、麗奈が麗奈らしくあるためにソロ奏者になってこいと背中押すのだ。こうして、麗奈が改めてソロ奏者に決定した後に久美子は泣く。久美子が好きな麗奈の生き方が守られた瞬間だった。

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 久美子は高校入学後に初めての挫折を経験する。久美子は麗奈と二人で話したことで、麗奈と一緒に全国大会へ行きたいという目標が生まれていた。麗奈の「特別になりたい」という台詞は久美子にも響き、彼女も「特別」を目指すために、ユーフォ二アムの追加パートを練習する。しかし、練習の先にあったのは京都大会では、あすかのみでそのパートを演奏するという滝先生の非情な決断だった。

 久美子はそこで初めて、全力で努力しても届かない目標、挫折を経験する。思い出されるのが中学時代の京都大会で見せた麗奈の涙だった。挫折を経験するには、相応の努力をしなければいけない。そんなことを改めて確認できる涙だったのだと思う。

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 13話で無事、関西大会を果たした北宇治高校。麗奈は金賞を取った時点で既に泣いている。ダメ金の可能性もあったのに、なぜこのタイミングで泣いているのだろうか。中学時代のリベンジを果たすという伏線が思い出されるシーンなのだが、その涙の質は異なっている。今回の涙は明らかに嬉し泣きだ。麗奈にとっての大きな変化は、香織をはじめとした上級生の思いや期待を背負ってソロ奏者としてコンクールに挑んでいたこと、そして久美子というお互いをよく知る仲間・ライバルができたことだろう。

 自分のためにトランペットを演奏していた麗奈が、人の期待を背負うことで感じた重圧は計り知れない。その重圧を乗り越えた麗奈は「特別」にまた近づいたはずだ。なぜなら、こんな重圧を抱えて結果を出せるような高校生はそうそういないからだ。麗奈はコンクールの結果を通して「特別」を追求しているが、それ以上に久美子にとっての麗奈はとびっきり「特別」に見えたに違いない。

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 二期5話で、北宇治高校は全国大会出場を決める。このシーンでは久美子と麗奈が2人とも泣いているのだが、どうして久美子は関西大会出場では泣かずに、ここで泣いてしまったのだろうか。

 久美子がユーフォニアムにかける思いは二期の中盤にかけて変化していくのだが、関西大会に向けての思いは「特別になりたい」だったと思う。麗奈との圧倒的な才能の差を感じながらも、「特別になりたい」一心で練習に打ち込む久美子。京都大会では演奏できなかったパートも、その後滝先生に認められ、あすかと二人で担当することができた。麗奈とレベルは違うものの、自分に相応しいハードルを越えていくことで久美子も彼女にとっての「特別」に近づいていく。そのマイルストーンの一つとして機能していたのがコンクールだった。

 二期5話まではみぞれと希美の過去の関係の修復が中心に描かれているのだが、ここの裏テーマは「コンクールの意味」だっただろう。みぞれと希美の関係もコンクールを起点に描かれている。久美子もコンクールがどんな意味を持っているのか、改めて考え直している。優子はいい結果だったら納得してたかも知れないといい、麗奈はコンクールを批判できるのは上手くて結果を出した人だけと言う。久美子にわかったのは、コンクールで納得できる結果を出すことだけが、コンクールを好きになる方法だということだった。結局、練習して結果を出すことでしか納得できない、エゴイズムに溢れた場所なのだ。だからこそ、コンクールは久美子、麗奈、そして吹奏楽をしている人たちにとってのマイルストーンであり続けているのだろう。

 ユーフォニアムを上手くなりたい一心で練習し続け、コンクールのマイルストーンとしての機能を理解できたからこそ、久美子は全国大会出場が決まったこのタイミングで泣いたと言えるのではないだろうか。この涙は、久美子の努力の歴史でもあるのだ。

 

 

 ということで、後編に続きます。後編は週末の更新を予定してますが、遅れたらごめんなさい。